合格!行政書士 南無刺青観世音事件(東京地裁平成23年7月29日判決)

判例紹介本件は刺青の著作物性について争われた事件です。

原告は、業として彫物師をしていて、被告Yの依頼で被告Yの左大腿部に十一面観音立像(以下「本件仏像」とする。)の入れ墨(以下「本件入れ墨」とする。)を施しました。その後、被告Yは、「合格!行政書士 南無刺青観世音事件」(以下「本件書籍」とする。)という書籍を執筆し、本件書籍は、株式会社である被告Zが発行及び販売を行いました。

本件書籍の表紙カバー(以下「本件表紙カバー」とする。)及び扉(以下「本件扉」とする。)の2箇所には、本件入れ墨の陰影を反転させ、セピア色の淡色に変更した画像(以下「本件画像」とする。)が掲載されています。原告は、この掲載行為は、原告の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するものであるとして被告らに対して損害賠償請求を求めました。(被告は、上記の他に本件訴訟において人格権及びプライバシー権侵害の成否についても争点としていますが、この解説では省略させて頂きます。)

まず著作物性の有無については、東京地裁は、「本件入れ墨は,本件仏像写真をモデルにしながらも,本件仏像の胸部より上の部分に絞り,顔の向きを右向きから左向きに変え,顔の表情は,眉,目などを穏やかな表情に変えるなどの変更を加えていること,本件仏像写真は,平面での表現であり,仏像の色合いも実物そのままに表現されているのに対し,本件入れ墨は,人間の大腿部の丸味を利用した立体的な表現であり,色合いも人間の肌の色を基調としながら,墨の濃淡で独特の立体感が表現されていることなど,本件仏像写真との間には表現上の相違が見て取れる。
そして,上記表現上の相違は,本件入れ墨の作成者である原告が,下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らし,輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技法を凝らして入れ墨を施したことによるものと認められ,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。」として本件入れ墨の著作物性を肯定しました。

公表権侵害の成否について東京地裁は、「原告は,本件書籍の初版第1刷が発行され,本件各ホームページに本件表紙カバーの写真が掲載された平成19年7月1日よりも前に,本件入れ墨の写真を,株式会社コアマガジン発行の雑誌『バースト』平成14年3月号,同会社発行の雑誌『タトゥー・バースト』同年5月号,株式会社竹書房発行の雑誌『月刊実話ドキュメント』同年4月号の各広告欄に掲載したことが認められ,原告はその著作物である本件入れ墨の複製物を被告らが公表する前に自ら公刊物に掲載して公表していたことが明らかである。」として公表権侵害にはあたらないとしました。

氏名表示権侵害の成否について東京地裁は、「本件書籍において,本件入れ墨は,表紙カバー及び扉という書籍中で最も目立つ部分において利用されていること,本件表紙カバー及び本件扉は,いずれも本件入れ墨そのものをほぼ全面的に掲載するとともに,『合格!行政書士 南無刺青観世音』というタイトルと相まって殊更に本件入れ墨を強調した体裁となっていることからすれば,読者の本件書籍に対する興味や関心を高める目的で本件入れ墨を利用しているものと認められ,本件入れ墨の利用の目的及び態様に照らせば,著作者である原告が本件入れ墨の創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認めることはできない。
また,原告が本件画像の基となる写真を被告Yに対し無償で譲渡していたとしても,それだけで原告が本件入れ墨の利用を許諾していたものと認めることはできず,ほかに原告が被告らによる本件入れ墨の利用を許諾していたことを認めるに足りる証拠はない。」として、被告らによる本件画像の掲載は、著作権法19条3項により著作者名の表示を省略することができる場合に該当せず、氏名表示権侵害に該当するとの判断を示しました。

最後に同一性保持権侵害の成否について東京地裁は、「被告らは,原告に無断で,原告の著作物である本件入れ墨に上記の変更を加えて本件画像を作成し,これを本件書籍及び本件各ホームページに掲載したものであり,このような変更は著作者である原告の意に反する改変であると認められ,原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものである。」との判断を示しました。

ときめきメモリアル事件(最高裁平成13年2月13日第3小法廷判決)

この事件は、ゲームソフト「ときめきメモリアル」(以下、「本件ゲームとします。」)について著作者人格権を有しているXが、本件ゲームのパラメータをデータとしておさめたメモリーカードを輸入・販売するYに対して、同一性保持権侵害を理由に損害賠償等を請求した事件です。

最高裁判決のポイントは以下の通りです。

ポイント1:
「本件メモリーカードの使用は,本件ゲームソフトを改変し,被上告人の有する同一性保持権を侵害するものと解するのが相当である。
けだし,本件ゲームソフトにおけるパラメータは,それによって主人公の人物像を表現するものであり,その変化に応じてストーリーが展開されるものであるところ,本件メモリーカードの使用によって,本件ゲームソフトにおいて設定されたパラメータによって表現される主人公の人物像が改変されるとともに,その結果,本件ゲームソフトのストーリーが本来予定された範囲を超えて展開され,ストーリーの改変をもたらすことになるからである。」
→Yが輸入・販売するメモリーカードの使用によりゲームストーリーが本来予定さえて範囲を超えて展開されていることから、本件メモリーカードの使用は同一性保持権侵害に該当すると判断しました。

ポイント2:
「上告人は,現実に本件メモリーカードを使用する者がいることを予期してこれを流通に置いたものということができ,他方,前記事実によれば,本件メモリーカードを購入した者が現実にこれを使用したものと推認することができる。
そうすると,本件メモリーカードの使用により本件ゲームソフトの同一性保持権が侵害されたものということができ,上告人の前記行為がなければ,本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害が生じることはなかったのである。
したがって,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた上告人は,他人の使用による本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害を惹起したものとして,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。」
→本事件においては、実際に同一性保持権侵害をしているのは、ゲームのプレイヤーですが、上告人であるYは本件メモリーカードを販売すれば買う人間がいるであろうと想定した上で、本件メモリーカードの販売をしており、Yの行為がなければゲームプレイヤーたちが同一性保持権侵害をすることは無かったものと思われるので、Yの行為は同一性保持権侵害を惹起する行為であるとしてXの損害賠償請求を認めています。

ゲームソフトはゲームプレイヤーの操作により多種多様な展開がなされるものではありますが、そうはいっても「一定の幅のあるストーリー性」の中でゲームがすすむように想定して作られているものであり、これを逸脱するような展開をもたらす本件メモリーカードのようなものは同一性保持権侵害とされてもしょうがないことのように思われます。

北朝鮮事件最高裁判決

本件は未承認国である北朝鮮の著作物について我が国は保護する必要があるのかについて判断がしめされた事件です。

映画「司令部を遠く離れて」(以下、「本件映画」とする。)は、昭和53年に北朝鮮国民であるBにより製作されました。X1(原告、控訴人)は、北朝鮮の民法によって権利能力が認められている北朝鮮文化省傘下の行政機関であり、同省により、本件各映画について北朝鮮の法令に基づく著作権を有する旨が確認されているX2(原告、控訴人)から本件映画等について、日本国内での独占的な上映、放送、第三者に対する使用許諾等について許諾を得ました。

AはX1、X2の許諾を受けることなく、平成15年12月15日に本件映画をニュース番組において北朝鮮における映画を利用した国民に対する洗脳教育の状況を報ずる目的で使用しました。この企画の放送時間は6分でそのうちの2分8秒が本件映画の放送でした。

北朝鮮は、平成15年1月28日、世界知的所有権機関の事務局長に対し、同条約に加入する旨の加入書を寄託し、同事務局長は,同日、その事実を同条約の他の同盟国に通告し、これにより、同条約は、同年4月28日に北朝鮮について効力を生じた。日本は、北朝鮮を国家として承認しておらず、外務省及び文部科学省は、我が国が、北朝鮮の国民の著作物について、ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うとは考えていない旨の見解を示しています。

これに対してX1、X2は、本件映画はベルヌ条約に加盟している北朝鮮国民の著作物であるので著作権法6条3号により保護されるべきものであるとの主張をしています。

これに対して、最高裁は「一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。
これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。
したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。そして,前記事実関係等によれば,我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。
以上の諸事情を考慮すれば,我が国は,同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく,本件各映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。」として、日本は北朝鮮国民の著作物について保護する義務はないとしました。

釣りゲータウン2知財高裁判決(平成24年(ネ)第10027号)

本件は、GREE社(以下、第一審原告とする。)が、DeNA社(以下、第一審被告とする。)の釣りゲーム「釣りゲータウン2」は、GREE社の「釣り★スタ」の翻案権を侵害するものであるとしてを訴えた事件です。

第一審では、原告ゲームの中の魚の引き寄せ画面の表現の本質的特徴が被告の作品の中に維持されているからから、被告の魚の引き寄せ画面は原告作品の翻案にあたるとして原告の請求の一部を認め、その余の原告の請求を棄却しました。原告、被告ともに原審を不服として控訴しました。

控訴審では、「原告作品と被告作品とは,いずれも携帯電話機向けに配信されるソーシャルネットワークシステムの釣りゲームであり,両作品の魚の引き寄せ画面は,水面より上の様子が画面から捨象され,水中のみが真横から水平方向に描かれている点,水中の画像には,画面のほぼ中央に,中心からほぼ等間隔である三重の同心円と,黒色の魚影及び釣り糸が描かれ,水中の画像の背景は,水の色を含め全体的に青色で,下方に岩陰が描かれている点,釣り針にかかった魚影は,水中全体を動き回るが,背景の画像は静止している点において,共通する。
しかしながら,そもそも,釣りゲームにおいて,まず,水中のみを描くことや,水中の画像に魚影,釣り糸及び岩陰を描くこと,水中の画像の配色が全体的に青色であることは,前記(2)ウのとおり,他の釣りゲームにも存在するものである上,実際の水中の影像と比較しても,ありふれた表現といわざるを得ない。次に,水中を真横から水平方向に描き,魚影が動き回る際にも背景の画像は静止していることは,原告作品の特徴の1つでもあるが,このような手法で水中の様子を描くこと自体は,アイデアというべきものである。」として、第一審原告の請求はいずれも棄却され、逆転判決となりました。

控訴審において、第一審被告は、GREE社の魚の引き寄せ画面がありふれたものであることの証拠を多数補強しています。当業者からみたら当たり前のゲーム画面の構成と思われるものであっても判断をする裁判官は当業者ではないので、第一審の段階からこのような証拠をしっかりと集めて裁判所に提出する必要があるものと思われます。

SMAPインタビュー事件(東京地裁平成10年10月29日判決)

本件は、インタビュー記事の著作者及び著作権者は誰になるのかについて判断が示された事件です。

原告X1~X6はアイドルグループ「SMAP」のその当時のメンバーで、X7~X10は出版社です。X7~X10の編集部は、SMAPのメンバーへのインタビュー記事を雑誌に掲載することを企画し、質問内容等を決め、執筆者に記事の作成を依頼しました。

執筆者は、スマップのメンバーに一問一答形式でインタビューし、同取材をもとに企画のテーマにそって話題の取捨選択等をしわかりやすくまとめ、編集部は同原稿をチェックし、修正が必要な場合などは手直しを指示し、その後、原告記事を掲載した雑誌が発行されました。執筆者は、原告記事の著作権がX7~X10に帰属することを了解していました。

被告Y1は出版物の編集、発行等を業とする株式会社で、被告Y2はその代表取締役でした。被告は、著者を「SMAP研究会」、Y2を発行人とする書籍「SMAP大研究」を平成7年6月12日に出版、発売しました。

Xらは、被告書籍はX1~X6とX7~X10の共同著作による原告記事の複製権及び翻案権、同一性保持権および氏名表示権を侵害するとして、被告書籍の複製等の差止及び廃棄等を請求しました。本件訴訟の争点2「原告記事の著作権及び著作者人格権は誰に帰属するか」において、東京地裁は以下のように判事しております。

「インタビュー等の口述を基に作成された雑誌記事等の文書については、文書作成への関与の態様及び程度により、口述者が、文書の執筆者とともに共同著作者となる場合、当該文書を二次的著作物とする原著作物の著作者であると解すべき場合、文書作成のための素材を提供したにすぎず著作者とはいえない場合などがあると考えられる。
すなわち、口述した言葉を逐語的にそのまま文書化した場合や、口述内容に基づいて作成された原稿を口述者が閲読し表現を加除訂正して文書を完成させた場合など、文書としての表現の作成に口述者が創作的に関与したといえる場合には、口述者が単独又は文書執筆者と共同で当該文書の著作者になるものと解すべきである。
これに対し、あらかじめ用意された質問に口述者が回答した内容が執筆者側の企画、方針等に応じて取捨選択され、執筆者により更に表現上の加除訂正等が加えられて文書が作成され、その過程において口述者が手を加えていない場合には、口述者は、文書表現の作成に創作的に関与したということはできず、単に文書作成のための素材を提供したにとどまるものであるから、文書の著作者とはならないと解すべきである。」

本件については、原告X1~X6は出版社の企画にそって記事を作成するために素材を提供したにすぎないとして、著作者として認められませんでした。尚、出版社に対する著作権侵害は認められています。

智惠子抄抄事件(最高裁平成5年3月30日第三小法廷)

著作権法上、著作者とは、「著作物を創作する者をいう。」と定義されていますが、著作物の創作にあたっては複数の人間が関与してくる場合があり、その関わり方によって著作者が誰なのかということが問題になることがあります。

本件は高村光太郎の詩集「智惠子抄」についての事件です。詩集「智惠子抄」は高村光太郎が妻である智惠子抄について書いた詩のみを集めた詩集です。詩集「智惠子抄」は、著作権法でいうところの編集著作物にあたります。

本件では、もちろん「智惠子抄」に掲載されている各詩の著作者は高村光太郎になるわけですが、編集著作物である「智惠子抄」の作者は高村光太郎なのか、それとも詩集の出版をした出版社なのかについて争われた事件です。

本件においては出版社が最初に詩集の話を高村光太郎に提案をしていました。高村光太郎は最初は出版社の提案を断っていましたが、その後、智惠子抄に関する詩集を出すことを決意して、出版社に連絡をして、「智惠子抄」の出版に至っているという経緯があったため、出版社が編集著作物の著作者である旨を主張して争われた事件です。

「本件編集著作物である『智惠子抄』は、詩人である高村光太郎が既に公表した自らの著作に係る詩を始めとして、同人著作の詩、短歌及び散文を収録したものであって、その生存中、その承諾の下に出版されたものであることは、原審の適法に確定した事実である。
そうすると、仮に光太郎以外の者が『智惠子抄』の編集に関与した事実があるとしても、格別の事情の存しない限り、光太郎自らもその編集に携わった事実が推認されるものであり、したがって、その編集著作権が、光太郎以外の編集に関与した者に帰属するのは、極めて限られた場合にしか想定されないというべきである。
そもそも本件において、光太郎以外の者が『智惠子抄』の編集に携わった事実が存するかをみるのに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、この認定したところによれば、(1) 収録候補とする詩等の案を光太郎に提示して『智惠子抄』の編集を進言したのは、上告人、 Aの被承継人であり、Bの名称で出版業を営んでいたC(以下、単に「C」という。)であったが、『智惠子抄』に収録されている詩等の選択は、同人の考えだけで行われたものでなく、光太郎も、Cの進言に基づいて、自ら、妻の智惠子に関する全作品を取捨選択の対象として、収録する詩等の選択を綿密に検討した上、『智惠子抄』に収録する詩等を確定し、『智惠子抄』の題名を決定した、(2) Cが光太郎に提示した詩集の第一次案の配列と『智惠子抄』の配列とで一致しない部分がある、すなわち、詩の配列が、第一次案では、光太郎が前に出版した詩集『道程』の掲載順序によったり、雑誌に掲載された詩については、その雑誌の発行年月順に、同一の雑誌に掲載されたものはその掲載順に配列されていたのに対し、『智惠子抄』では、『荒涼たる歸宅』を除いては制作年代順の原則に従っている、(3) Cは、第一次案に対して更に二、三の詩等の追加収録を進言したことはあるものの、光太郎が第一次案に対して行った修正、増減について、同人の意向に全面的に従っていた、というのである。
右の事実関係は、光太郎自ら『智惠子抄』の詩等の選択、配列を確定したものであり、同人がその編集をしたことを裏付けるものであって、Cが光太郎の著作の一部を集めたとしても、それは、編集著作の観点からすると、企画案ないし構想の域にとどまるにすぎないというべきである。
原審が適法に確定したその余の事実関係をもってしても、Cが『智惠子抄』を編集したものということはできず、『智惠子抄』を編集したのは光太郎であるといわざるを得ない。」

この智惠子抄事件では、最終的に詩の選択・配列を行ったのが高村光太郎であったことから高村光太郎が編集著作者であると認定されました。
企画や構想を提案した程度では創作行為とは言い難く、やはり最終的な選択・配列を行っていないと著作者としては認められにくいと言えるでしょう。

江差追分事件(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決)

本件は言語の著作物についてどのような場合に翻案の侵害にあたるのかが判事された事件です。

X(原告・被控訴人・被上告人)は、ノンフィクションである「北の波濤に唄う」(以下、「本件書籍」とする。)と題する書籍の著作者で、Yら(被告・控訴人・上告人)は、「ほっかいどうスペシャル・遙かなるユーラシアの歌声_江差追分のルーツを求めて_」と題するテレビ番組(以下「本件番組」という。)を製作し,平成2年10月18日,放送しました。XはYらの製作した本件番組が本件書籍の翻案権及び放送権、著作者人格権(氏名表示権)ならびに名誉を侵害したとして、Yらを訴え、損害賠償等を求めました。

最高裁判所は本判決の要旨の中で、言語の著作物の翻案(第27条)について以下のように述べています。

【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),

【要旨2】 既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。

最高裁は、Yらの行為は、翻案権,放送権及び氏名表示権を侵害するものとはいえないとしてXの請求を棄却しました。

クラブキャッツアイ事件(最高裁昭和63年3月15日第三小法廷判決)

被告であるYらは、共同経営するスナック等においてカラオケ装置とカラオケテープとを備え置き、ホステス等従業員においてカラオケ装置を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケテープの再生による演奏を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もつて店の雰囲気作りをし、客の来集を図って利益をあげていました。

Xは、Yの行為はXの著作権(演奏権)の侵害であるとしてYらに対して演奏の差止め及び不法行為に基づく損害賠償を求めました。

これに対して最高裁は「上告人らは、上告人らの共同経営にかかる原判示のスナツク等において、カラオケ装置と、被上告人が著作権者から著作権ないしその支分権たる演奏権等の信託的譲渡を受けて管理する音楽著作物たる楽曲が録音されたカラオケテープとを備え置き、ホステス等従業員においてカラオケ装置を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケテープの再生による演奏を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もつて店の雰囲気作りをし、客の来集を図つて利益をあげることを意図していたというのであり、かかる事実関係のもとにおいては、ホステス等が歌唱する場合はもちろん、客が歌唱する場合を含めて、演奏(歌唱)という形態による当該音楽著作物の利用主体は上告人らであり、かつ、その演奏は営利を目的として公にされたものであるというべきである。
けだし、客やホステス等の歌唱が公衆たる他の客に直接聞かせることを目的とするものであること(著作権法二二条参照)は明らかであり、客のみが歌唱する場合でも、客は、上告人らと無関係に歌唱しているわけではなく、上告人らの従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナツクとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図つて営業上の利益を増大させることを意図していたというべきであつて、前記のような客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは上告人らによる歌唱と同視しうるものであるからである。
したがつて、上告人らが、被上告人の許諾を得ないで、ホステス等従業員や客にカラオケ伴奏により被上告人の管理にかかる音楽著作物たる楽曲を歌唱させることは、当該音楽著作物についての著作権の一支分権たる演奏権を侵害するものというべきであり、当該演奏の主体として演奏権侵害の不法行為責任を免れない。」と判事しました。

本判決では、1.このカラオケテープ及びカラオケ装置を管理している主体は被告Yらであるということ、2.及びこのカラオケ装置を使用して利益を得ているのは被告Yらであることから上記のような結論を導いています。

つまり直接的に著作権侵害行為を自らが行っていない場合でも、管理主体であり、直接の利益を得ている場合は著作権侵害に問われる場合があるということを本判決は示している意味で覚えていたほうが良い判決と言えるでしょう。

カラオケリース事件(平成13年3月2日最高裁判決)

本件は著作権管理団体である上告人Xが、業務用カラオケ装置のリース及び販売業務を行っている被上告人Yを著作権侵害で訴えたというものです。

クラブキャッツアイ事件では、カラオケ装置を使用して店の雰囲気作りをし客の来集をはかった飲食店経営者に対して、著作権侵害を認めています。

本件では、著作権管理団体である上告人Xは、業務用カラオケ装置のリース及び販売業務を行っている者がリース契約の相手方に対し、著作物使用許諾契約の締結又は申込みをしたことを確認しなかったことは、条理上の注意義務違反であるとして著作権侵害で訴えたというものです。

最高裁判所は、「(1)カラオケ装置により上映又は演奏される音楽著作物の大部分が著作権の対象であることに鑑みれば,カラオケ装置は,当該音楽著作物の著作権者の許諾がない限り一般的にカラオケ装置利用店の経営者による前記1の著作権侵害を生じさせる蓋然性の高い装置ということができること,(2)著作権侵害は刑罰法規にも触れる犯罪行為であること(著作権法119条以下),(3)カラオケ装置のリース業者は,このように著作権侵害の蓋然性の高いカラオケ装置を賃貸に供することによって営業上の利益を得ているものであること,(4)一般にカラオケ装置利用店の経営者が著作物使用許諾契約を締結する率が必ずしも高くないことは公知の事実であって,カラオケ装置のリース業者としては,リース契約の相手方が著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことが確認できない限り,著作権侵害が行われる蓋然性を予見すべきものであること,(5)カラオケ装置のリース業者は,著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたか否かを容易に確認することができ,これによって著作権侵害回避のための措置を講ずることが可能であることを併せ考えれば,上記注意義務を肯定すべきだからである。」と判断し、上告人の主張を認め、「被上告人は,上告人に対し,753万9239円及びこれに対する平成9年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」と命じました。

ゴナU事件(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)

本件は印刷用書体の著作物性についての判断基準を示したものです。

最高裁は、印刷用書体の著作物性について完全に否定することはせず、印刷用書体が著作物として認められるには以下の2つの要件を満たす必要があるとしました。

1.従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、
2.かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていること

まず第1の要件として「独創性」をもとめています。これは、「印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものである」ので、既存の書体との「わずかな差異」を有していれば著作物として認められるとすると、「無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。」からです。

第2の要件として印刷書体字体が美術鑑賞の対象となり得るような「美的特性」をもとめています。これは一般論として実用的な機能美と美術品としての美は、美の性質が異なるものである点が考慮されたものと思われます。

印刷用書体というのは、本来的な機能として「文字の有する情報伝達機能を発揮する必要がある」ため、著作物性が認められるのは一般的に困難と言えるでしょう。

顔真卿自書中告身帖事件(最高裁昭和59年1月20日第二小法廷判決)

この事件は著作権と所有権の関係について判断が示された判例です。

X(原告・控訴人・上告人)は博物館であり、故人Aが収集した重要文化財等を多数所蔵しています。その中に本件において対象となった「顔真卿自書中告身帖」もありました。

Yら(被告・被控訴人・被上告人)は、書道関係の図書を出版・販売している出版社およびその代表取締役です。

故人Bは、故人Aから自書告身帖の直接撮影による写真乾板の作成およびその複製物の制作・頒布について許諾を得て写真乾板を作成しました。この写真乾板は故人Bの相続人からYらに譲渡がされました。

その後、YらはXに事前の承諾を得ることなく、この写真乾板を用いて「自書告身帖」を和漢墨宝選集第24巻「顔真卿楷書と王臨書」(以下、「本件書籍」とする。)に複製・印刷して販売をしました。

Xは、Yらの行為はXの「自書告身帖」の所有権(使用収益権)を侵害するものであるとして、本件書籍の販売差止、本件書籍の内、「自書告身帖」の複製部分の廃棄を請求して本訴を提起したものである。

一審判決では、「所有者が、有体物を離れて無体物である美術の著作物自体を排他的に支配し、使用収益することができるわけではない」として請求を棄却、高裁判決では、「美術の著作者が専有する無体物たる美術の著作物の複製権及び展示権は、著作権の存続期間満了後においては、いわゆるパブリック・ドメインに帰すところ、この場合、美術の著作物の原作品の所有者が、有体物についてこれを直接かつ排他的に支配する権利である所有権の内容として、無体物たる美術の著作物につき排他的な利用・支配権能を取得して原作品の影像や写真に対し排他的支配権を取得するに至ると解する余地は全くない」としてXの請求を棄却したので、Xはこれを不服として上告しました。

最高裁は、「美術の著作物の原作品は、それ自体有体物であるが、同時に無体物である美術の著作物を体現しているものというべきところ、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、美術の著作物の原作品に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直接排他的に支配する権能ではないと解するのが相当である。そして、美術の著作物に対する排他的支配権能は、著作物の保護期間内に限り、ひとり著作権者がこれを専有するのである。
そこで、著作物の保護期間内においては、所有権と著作権とは同時的に併存するのであるが、所論のように、保護期間内においては所有権の権能の一部が離脱して著作権の権能と化し保護期間の満了により著作権が消滅すると同時にその権能が所有権の権能に復帰すると解するがごときは、両権利が前記のように客体を異にすることを理解しないことによるものといわざるをえない。
著作権の消滅後は、所論のように著作権者の有していた著作物の複製権等が所有権者に復帰するのではなく、著作物は公有(パブリツク・ドメイン)に帰し、何人も、著作者の人格的利益を害しない限り、自由にこれを利用しうることになるのである。
したがつて、著作権が消滅しても、そのことにより、所有権が、無体物としての面に対する排他的支配権能までも手中に収め、所有権の一内容として著作権と同様の保護を与えられることになると解することはできないのであつて、著作権の消滅後に第三者が有体物としての美術の著作物の原作品に対する排他的支配権能をおかすことなく原作品の著作物の面を利用したとしても、右行為は、原作品の所有権を侵害するものではないというべきである。」として所有権の侵害を否定しました。

キャンディ・キャンディ事件(最高裁平成13年10月25日第一小法廷判決)

本件は、著名な少女漫画である「キャンディ・キャンディ」について原作者の権利が争われた事件です。

X(原告・被控訴人・被上告人)は漫画「キャンディ・キャンディ」の原作者であり、Y(被告・控訴人・上告人)は本件漫画の絵画作者です。

YはXに無断で、キャンディを描いたリトグラフと絵葉書を作成・販売したため、XからYに対して本件コマ絵、本件表紙絵、本件原画につき、本件漫画及び絵についての共同著作者としての権利の確認及びに、本件漫画及び絵についての二次的著作物とする原著作者の権利の確認の権利の確認と、これらの各絵の複製・頒布等の差止を求めて出訴がなされました。一審、原審ともにXの主張が認められたため、Yはこれを不服として上告受理申し立てを行いました。

最高裁は、「本件連載漫画は、被上告人が各回ごとの具体的なストーリーを創作し、これを400字詰め原稿用紙30枚から50枚程度の小説形式の原稿にし、上告人において、漫画化に当たって使用できないと思われる部分を除き、おおむねその原稿に依拠して漫画を作成するという手順を繰り返すことにより制作されたというのである。
この事実関係によれば、本件連載漫画は被上告人作成の原稿を原著作物とする二次的著作物であるということができるから、被上告人は、本件連載漫画について原著作者の権利を有するものというべきである。そして、二次的著作物である本件連載漫画の利用に関し、原著作物の著作者である被上告人は本件連載漫画の著作者である上告人が有するものと同一の種類の権利を専有し、上告人の権利と被上告人の権利とが併存することになるのであるから、上告人の権利は上告人と被上告人の合意によらなければ行使することができないと解される。
したがって、被上告人は、上告人が本件連載漫画の主人公キャンディを描いた本件原画を合意によることなく作成し、複製し、又は配布することの差止めを求めることができるというべきである。」としてYの上告を棄却しました。

本件について注目すべきなのは、二次的著作物については原作に依拠する部分と、二次的著作物の著作者が独自に創作した部分が存在しますが、その双方において原著作者の権利が及ぶと判断している点です。最高裁判決においては、依拠部分と独自創作部分について区別せずに判断をにすべきかについては特に触れていませんが、この両要素を明確に区別することは難しい事、およびに二次的著作物である以上それを形成する部分で原著作物の創作性に依拠しない部分があるというのは考えにくいからであるとされています。つまり、漫画のキャラクターグッズ等を作成する場合には、絵画作者はもちろんのこと、原作者についても承諾を得る必要があるということになりますので、キャラクターの商品化事業などを行う際は注意しましょう。

尚、本事件においては、第一審から最高裁までにおいて本件漫画は、Xが小説形式の原稿を作成し、Yはそれに依拠して二次的著作物を作成したと認定されています。共同著作物に当たるか否かについては、事案によりどの程度原作者が二次的著作物の作成に貢献しているか否かによって判断されるべきものと考えます。

ギャロップレーサー事件(最高裁平成16年2月13日第二小法廷判決)

本件は、競走馬の名称についてパブリシティ権が認められるかについて判断がされたものです。
最高裁は競走馬の名称についてはパブリシティ権は認められないと判断しました。

「ギャロップレーサー」(以下、「本件ゲームソフト」という。)というのはプレーヤーが騎手となり登録されている競走馬の中から選択した馬に騎乗してレースを展開するというゲームです。

Y(被告・控訴人=附帯被控訴人・上告人=被上告人)は、競走馬の所有者であるX1~X19ら(原告・被控訴人=附帯控訴人・被上告人(X15~X19を除く)=上告人)に承諾得ることなく競走馬の名称を使用して、本件ゲームソフトを製作・販売しました。Xらは、Yの行為はXらの物のパブリシティ権の侵害行為にあたるとして本件ゲームソフトの製作・販売等の差止めと不法行為による損害賠償を請求しました。

最高裁判決のポイントは以下の通りです。

ポイント1:
「競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1号1頁参照)。」

ポイント2:
「現行法上,物の名称の使用など,物の無体物としての面の利用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。」

ポイント3:
「競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で行われることがあり得るのであり,上記のような契約締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。」

まずポイント1では、顔真卿事件の判旨を引用し、有体物に対する権利である所有権と無体物の財産権は全く別物である旨を判事しています。

ポイント2では、排他性がある権利が認められるためには実定法上の根拠が必要というのが大原則ですので、競走馬の所有者に競走馬の名称の独占排他権を認めることは妥当でないと判断しました。

ポイント3では、競走馬の名称等の使用料が支払われている実例があることを主張した原告に対し、慣習法等があるとまでは言えないとしています。

パブリシティ権については明文規定がある訳ではないため、パブリシティ権が認められる根拠として、人格権を根拠にする説(人格権説)と人格権とは全く別個の純粋な財産権であるとする説(財産権説)とがありますが、本判決がでて以降は、人格権説が主説になりつつあり、物のパブリシティ権は否定される傾向にあります。

三島由紀夫手紙公表事件(東京高裁平成12年5月23日判決)

この事件は、「潮騒」や「金閣寺」で有名な日本の小説家である三島由紀夫の死後に起こった事件で、被告Y1は「三島由紀夫‐剣と寒紅」(以下本件書籍とする。)の出版社、被告Y2は本件書籍の出版社の第一出版局長であり、被告Y3は本件書籍の執筆者にあたります。原告・被控訴人であるXらは三島由紀夫の相続人です。

被告Y3は三島由紀夫がY3宛に書いた未公表の手紙15通を本件書籍に掲載しました。

Xらはこれに対して1.Xらが相続した複製権の侵害である旨、2.三島由紀夫が生存していたのであれば公表権侵害にあたる行為であることを主張して本件書籍等の出版等の差止め、損害賠償請求、謝罪広告等をもとめた事件です。Yらは本件各手紙は著作物とは言えない、また本件各手紙の公表は三島由紀夫氏の意を害するものではないと主張しました。

第1審では、著作物性を肯定し、複製権侵害、三島由紀夫氏が生存しているとしたならばその公表権の侵害となるべき行為であるとして損害賠償及びに名誉回復措置の請求を認容しました。Y1らはこれを不服として控訴しました。

本判決では、手紙の著作物性について、「本件各手紙(本件書籍(甲第一二号証)中の掲載頁は、原判決七、八頁に記載されたとおりである。)を読めば、これが、単なる時候のあいさつ等の日常の通信文の範囲にとどまるものではなく、三島由紀夫の思想又は感情を創作的に表現した文章であることを認識することは、通常人にとって容易であることが明らかである。また、控訴人らが本件各手紙を読むことができたことも明らかである。
そうである以上、控訴人らは、本件各手紙の著作物性を認識することが容易にできたものというべきである。」として著作物性を肯定しました。

また、本件各手紙の公表が、三島由紀夫氏が生存しているとしたならばその公表権の侵害となるべき行為であるか否かについては「本件各手紙が、もともと私信であって公表を予期しないで書かれたものであることに照らせば(例えば、本件手紙⑮には、『貴兄が小生から、かういふ警告を受けたといふことは極秘にして下さい。』との記載がある。
右のような記載は、少なくとも書かれた当時は公表を予期しない私信であるからこそ書かれたことが明らかである。)、控訴人ら主張に係るその余の事情を考慮しても、本件各手紙の公表が三島由紀夫の意を害しないものと認めることはできない。」として被告の主張を退けました。

法政大学懸賞論文事件(東京高裁平成3年12月19日判決)

原告Xは、訴外A教授のゼミナールに参加して研究を続けた成果を論文(以下、「X論文」とする。)にまとめました。X論文は被告Y大学の懸賞論文選考で優秀賞を付与され、Y大学発行の雑誌「法政」に掲載・出版されましたが、その際にXの承諾なく53か所の削除変更がされていました。

Xは、Y大学のX論文を掲載してY雑誌を出版した行為につき複製権侵害、そしてX論文についての削除・変更行為につき同一性保持権侵害を主張して損害賠償請求及びに新聞紙上への謝罪文の掲載を求めて訴えを提起しました。

これに対して大学側は、X論文の掲載は、Xの承諾を受けて行ったものであるので複製権侵害ではないと主張しました。また同一性保持権侵害については、Y大学の懸賞論文制度は、教育実践の一つであり、応募者は教員の採点、添削等を受け、論文の編集、校正を委ねる旨の意思表示も含まれている事、またこれらの改変は著作権法20条2項3号(現在は4号)のやむを得ない改変にあたると主張しました。

本件では、複製権侵害については、Y大学のX論文掲載にはXの黙示の許諾があるとしました。
同一性保持権については、「『著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変』の意義についてみると、同条二項の規定が同条一項に規定する同一性保持権による著作者の人格的利益保護の例外規定であり、かつ、例外として許容される前記の各改変における著作物の性質(主として前記二号の場合)、利用の目的及び態様(前記一号、二号)に照らすと、同条三号の『やむを得ないと認められる改変』に該当するというためには、利用の目的及び態様において、著作権者の同意を得ない改変を必要とする要請がこれらの法定された例外的場合と同程度に存在することが必要であると解するのが相当」であるとして、一審では非侵害とされていた1.送り仮名の変更(例:「現われ」を「現れ」)、2.読点の使い方の変更(例:「...、等」を「......等」)、3.中黒の読点への変更(例:「」・「」を「」、「」)についても同一性保持権侵害が成立すると判断しました。
ただし、1.加算誤りの訂正、2.明らかな誤植の訂正については同一性保持権侵害に当たらないと判断しています。

このように20条2項の適用除外については厳格に適用されておりますので、著作物の利用の際には十分な留意が必要と言えます。

YOL事件(知財高裁平成17年10月6日判決)

この事件は新聞記事の見出しについての著作物性が争われた事件です。

原告Xは大手新聞社で、ウェブサイト「ヨミウリ・オンライン」でXのニュース記事本文(以下「YOL記事」という。)と記事見出し(以下「YOL見出し」という)を掲出するとともに「Yahoo!ニュース」に有償でYOL記事、YOL見出しを提供しています。
「Yahoo!ニュース」にはYOL見出しが表示され、それが「ヨミウリ・オンライン」のYOL記事にリンクされていました。なお、「Yahoo!ニュース」には、他の報道機関の記事見出しも表示されています。

被告Yは、「ライントピックサービス」と称して、「Yahoo!ニュース」の記事の中から重要度・関心度が高いと思われるニュースを選択した上、1.Yのウェブサイトにおいて、「Yahoo!ニュース」の当該ニュースへのリンクを張り、そのリンクボタンを当該ニュースの見出し記事と同一または実質的に同一の語句(以下「LTリンク見出し」)とし、2.ライントピック登録ユーザにLTリンク見出し及びリンク先データを送信して、ユーザのホームページ上にも、「Yahoo!ニュース」にリンクしたLTリンク見出しが表示されるようにしていました。

原告Xは1.YOL見出しが著作物であり、Yの行為は複製権及び公衆送信権の侵害であること(主位的主張)、2.Yの行為は一般不法行為を構成する(予備的主張)と主張しました。

本判決においては、「マナー知らず大学教授、マナー本海賊版作り販売」、「A・Bさん、赤倉温泉でアツアツの足湯体験」等のYOL見出しについていずれも著作物性が否定されましたが、一般不法行為の成立は認めました。

俳句や短歌については一般的に著作物性が認められていますが、記事の見出しや、キャッチフレーズ、標語のような短い言語表現については著作物性が認められることは困難と言えます。このYOL事件でも、Xの記事の見出しについていずれも著作物性が否定されました。

ラストメッセージ in 最終号事件

この事件は雑誌の休廃刊の挨拶文について著作物性が有るか争われた事件です。

被告Yは昭和61年から平成5年までの間に休刊又は廃刊となった複数の雑誌の最終号の表紙、挨拶文を機械的に複製した上で休廃刊の年ごとにまとめ「ラストメッセージ in 最終号」という書籍を出版しました。

原告Xらは、Yの書籍に記事等が収録された雑誌の出版元で、Xらは、Yの行為はXらが有する記事の複製権を侵害するとして本件書籍の発行及び頒布の差止め並びに損害賠償を請求しました。

東京地裁は、7つの挨拶文については著作物性を否定しましたが、残りの挨拶文については著作物性を肯定しました。

本件記事の著作物性については、休廃刊となった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれた、いわば挨拶文の性格をもつものであるので、以下の五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠くものとして著作物であると認めることはできないと判事しました。

1.少なくとも当該雑誌は今号限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、
2.読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であり、
3.また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、
4.休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の説明をすること、
5.同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望すること

具体的に本件の事例を見ていくと、

1.「本誌はこの号でおしまいです。長い間のご愛読に感謝します。」
著作物性を否定

2.「おしらせ いつも『なかよしデラックス』をご愛読いただきましてありがとうございます。『なかデラ』の愛称で15年間にわたって,みなさまのご声援をいただいてまいりましたが,この号をもちまして,ひとまず休刊させていただくこととなりました。今後は増刊『るんるん』をよりいっそう充実した雑誌に育てていきたいと考えております。『なかよし』本誌とともにご愛読くださいますようお願い申しあげます。 なかよし編集部」
著作物性を否定

3.「あたたかいご声援をありがとう 昨今の日本経済の下でギアマガジンは,新しい編集コンセプトで再出発を余儀なくされました。皆様のアンケートでも新しいコンセプトの商品情報誌をというご意見をたくさんいただいております。ギアマガジンが再び店頭に並ぶことをご期待いただき,今号が最終号になります。長い間のご愛読,ありがとうございました。」
著作物性を肯定

1.については定型文のようなありきたりな内容なので著作物性が認められないのは当然のように思います。2.についても1.よりは長文ですが、やはり一般的な挨拶文に終始しているので著作物性が認められないのはしかたがないことのように思えます。3.につきましては、ありきたりの挨拶文ではないところが評価されたのかと思いますが、このような短文に著作物性を認めたことについては議論が残るところのように思います。

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